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2014年7月18日 (金)

 

思い返すことがある。
学校に行っていた時のことだ。
算数や数学なんかのときは、既に教科書を読み終わって解法がわかっていたせいで他の生徒が問題に取り掛かり始めてから先生が解がわかった生徒をあてるまでの時間が退屈で退屈で仕方がなかった。
国語のときは文章を自分のペースで読ませてくれなかったのが苦痛だったし、なぜ他の生徒の朗読を聞かされなければならないのかわからなかった。
社会や家庭科、保健体育などの興味が薄いものはそもそも先生の話をまともに聞いておらずらくがきばっかりしていて、テスト直前に教科書の中身を読み返すくらいのことしかせずひどい点数をとっていた。
小学生の頃はドロケイやドッジボールで遊ぼうと言われれば外遊びもよくしたが、体育の授業でドッジボールをやるのは嫌いだった。
私は集団で何かを学ぶ、なしとげる、ということに向いていなかった。

仮に早く終わってしまっても、私には向上心?みたいなものがあまりない。
例えばテストや数学なんかで時間が余ったときは、退屈な時間らくがきや空想をして時間を潰していた。
パソコンの学校に通っているとき、先生が授業時間中に求めていることが他の人よりも先に終わってしまいソリティアをしていたところ注意された。
先生は遊んでないで他のところを勉強しなさいと言った。

私は多分、自分で先に進む力があまりない。おそらく先生が他の課題を出してくれればやっていたと思う。
他のところを、先のところを勉強しなさい、予習しなさいと言われても、抽象的すぎてどこから手を付けていいのかわからない。
わからなかったんだ。

うまくまとめられないので文章をここで締める。
私はそろそろ何かにならなければいけない。
何になるというのか。何ができるというのか。何かになれるのか。

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